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岐阜地方裁判所 昭和32年(ワ)189号 判決

原告 小林三之助

被告 鈴木幸男

主文

被告は原告に対し、金二十五万七千四百円及び内金二十三万四千円に対する昭和三十二年六月十三日から、内金二万三千四百円に対する同三十四年九月十五日から各完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金八万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金四十八万千三百八円及び之に対する本件訴状送達の翌日から完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として

一、原告は昭和二十六年六月十六日被告及び被告の父亡鈴木幸七を被申請人として岐阜地方裁判所大垣支部において、「被申請人等は岐阜県揖斐郡藤橋村大字東杉原深谷千百九十八番山林四百六十町歩外十三筆(以下本件山林という)に立入り、かつ立木を伐採してはならない。被申請人等は本件山林の立木につき、申請人のなす伐採、搬出等の事業を阻止又は妨害し、又は右事業の妨げとなる一切の行為をしてはならない」との仮処分決定(同支部同年(ヨ)第二九号、以下第一次仮処分という)を得、同月十八日右決定正本は被申請人たる被告及び幸七に各送達せられ、その効力が発生した。然るに、同年七月十二日被告は原告を被申請人として岐阜地方裁判所に「右山林に対する被申請人の占有を解き、これを申請人の委任する執行吏をして占有保管させる。被申請人は右山林に立入り及び立木を伐採並びに搬出してはならない。受任執行吏は右執行を公示するために適当な処置をとらなければならない」との仮処分の申請をなし、同月十三日右申請が容れられ、右同趣旨の仮処分決定(同庁同年(ヨ)第三四号、以下第二次仮処分という)がなされ、同月十七日被告は右決定の執行をした。そこで原告は同月二十七日弁護士岡本治太郎及び同林千衛を代理人として右第二次仮処分に対して異議を申立てる(同庁同年(モ)第七号)と共に、執行停止を申立て(同庁同年(ヲ)第二〇号)同年八月三日その停止決定を得た。右異議事件は同二十七年四月二十二日仮処分を取消し仮処分申請を却下する旨債務者(本件原告)勝訴の判決が言渡された。控訴審においては原告は右林弁護士を代理人として訴訟を追行し、同二十八年五月二十一日控訴棄却の判決が言渡された。上告審においても同三十年六月二十四日上告棄却の判決が言渡された。

二、被告のなした右第二次仮処分並びにその執行は、これに先行する原告の第一次仮処分の廃止を目的とするものでその違法なことは前記控訴審並びに上告審の各判決が示す通りである。そして右違法行為は原告及び幸七の共謀に基くものであるが、仮りにそうでないとしても前記事実関係からすれば被告に過失のあつたことは明らかである。

三、被告の違法な仮処分並びにその執行により、原告は数百万円の資本を投下し、昭和二十五年夏から開始していた本件山林における枕木の製造、搬出等の事業を停止せざるをえなくなり、又右仮処分の取消及び停止を求めるための権利防禦の措置並びに本訴による損害回復措置を必要とせられ、その結果次の通り損害を受けた。

(一)  第二次仮処分の執行中である昭和二十六年七月十六日から同年八月三日までの十八日間、人夫計二十名に対する休業補償として原告が支払つた一人につき平均日給五百円の六割金三百円の合計額金十万八千円。

(二)  原告が同年七月末日限り国鉄に納入すべき枕木は一万五千五百二十二本で、そのうち一万本を本件山林から搬出することになつていたが、右仮処分執行による事業停止のため内七千七十六本が納入不能となり、急ぎ岐阜県下の小坂、高山、美濃白鳥方面より同数の枕木を廻送したことにより運賃その他が嵩み、一本につき平均三十円宛の無用の出費を要したから、その合計金二十一万二千二百八十円。

(三)  原告が被告の違法な仮処分排除のため弁護士費用として出費したものは前記仮処分異議事件及び同執行停止申立事件手数料金一万五千円、右停止申立事件謝金一万円、右異議事件第一審謝金一万円、同第二審謝金五万円及び同第三審報酬金五千円であるから、その合計金九万円。

(四)  本訴請求事件につき、担当の弁護士に支払つた手数料金三万円及び右弁護士に支払債務を負担した第一審謝金右(一)(二)(三)の合計額の一割金四万千二十八円の合計金七万千二十八円。

以上合計金四十八万千三百八円が原告の受けた損害額であるが、該損害はいずれも前記被告の違法行為より通常生じうべきもので、被告はその全額につき、不法行為に基く賠償責任を負担しなければならない。

よつて、原告は被告に対し右損害金及び之に対する本件訴状送達の翌日から右金員完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及ぶと述べ

なお、被告は正当な理由なく本件準備手続期日及び本件第一回口頭弁論期日に出頭せず、又準備書面も提出していないから、その後の口頭弁論における被告の主張、その他の防禦方法の提出は民事訴訟法第二百五十五条本文によつて許されない。仮りにそうでないとするも、被告の右主張等は故意又は重大な過失に基き時機に遅れて提出せられたもので訴訟を著しく遅延するから却下さるべきである。従つて、同法第百四十条第三項によつて被告は原告の主張事実を自白したものとみなさねばならないと述べ

立証として、甲第一号証、同第二号証の一ないし三、同第三、第四号証を提出し、証人三島悦治郎及び同三宅練太郎の各証言を援用し、乙第一号証、同第三、第四号証、同第六号証の五、同第七ないし第十号証は成立を認め、その余の乙号各証はいずれも不知と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として

原告が請求原因として主張する事実のうち一、の事実は認めるが、原告がその主張のような損害を受けたこと及びその額は不知、その余は否認する。仮処分異議事件につき、被告の控訴及び上告が棄却せられたのは同一係争物件に対する仮処分の競合が我民事訴訟法上許されるべきか否かに関する法律問題であつて不幸にも被告側の法律上の見解が通らなかつたにすぎない。従つて、右控訴及び上告の棄却をもつて被告の仮処分が違法でありかつ故意又は過失ありとすることはできない。又被告は先に訴外山下寅蔵から本件山林の開発権を取得し、同人から右山林の引渡を受け、公示方法を施していたが、これによる自己の権利が原告に侵害せられたゝめ右権利防禦を目的として仮処分をなしたのであるから、それが違法でないことは勿論、仮りに原告による右権利侵害行為がなかつたとするも、被告においてはこれありと信ずべき正当な理由があるから被告には故意又は過失はないと述べ

立証として、乙第一ないし第五号証、同第六号証の一ないし六、同第七ないし第十号証を提出し、甲第一号証は成立を認める、その余の甲号各証は不知と述べた。

理由

一件記録によると、被告は昭和三十二年七月三日及び同月二十四日の本件第一、二回準備手続期日並びに同年八月十二日及び同年九月二日の本件第一、二回口頭弁論期日に出頭せず、又その間答弁書その他の準備書面も提出せず、同年九月十六日に至つて始めて答弁書を提出し、同月十八日の本件第三回口頭弁論でこれを陳述したこと、本件訴状送達並びに答弁書提出の催告の日から右答弁書提出の日までに三ケ月五日間を経過していることが明らかである。しかしながら右記録と被告が疏明として提出した岡崎刑務支所長大谷正敏の証明書及び被告の妻鈴木喜代子作成の上申書によれば、被告は同年五月四日被告に対する恐喝等被告事件につき上告を棄却せられ懲役一年六月の刑に処せられることになり、次いで同年七月十二日右刑の執行が開始せられ、その間身辺整理のため心身共に休まる暇もなかつたが、なおその間に行われた本件第一回準備手続期日は右刑の執行に関し、名古屋地方検察庁岡崎支部に呼出を受けて同支部に出頭していた折であり、又第二回準備手続期日は右刑の執行開始後のことであり、共に当裁判所に出頭することが不可能であつたこと、前記答弁書提出に至る迄の間電話一回、出頭二回、手紙二回により係書記官に連絡をとり、事情を説明して訴訟の延期方を願い出ていたが、これが容れられないため同年八月十九日弁護士加藤義則を、同年九月十三日同島田新平をそれぞれ訴訟代理人に選任して応訴の準備を整えた上、前述の如く答弁書を提出、陳述し以来遅滞なく本件訴訟を進行させてきたことが認められる。右事実に基けば、本件口頭弁論における被告の主張その他の防禦方法の提出は、これを準備手続において提出しなかつたことにつき被告において重大な過失がなかつたことの疏明があつたものというべく、民事訴訟法第二百五十五条第一項本文の制限を受けず、又同法第百三十九条第一項により却下すべき場合にも該当しない。又適法として陳述を許されたところによれば、被告は原告の主張事実を争つていることが明らかであるから、擬制自白の場合を規定した同法第百四十条第三項本文が適用されないこと勿論である。右の通り原告のこの点に関する主張は失当であるから、以下に本案につき判断をする。

原告が昭和二十六年六月十六日に被告等を被申請人として「被申請人等は本件山林に立入りかつ立木を伐採してはならない。被申請人等は右山林の立木につき申請人のなす伐採、搬出等の事業を阻止又は防害してはならない」との仮処分決定を得、同月十八日右決定正本が被申請人等に送達せられその効力が発生したこと、被告が同年七月十二日原告を被申請人として岐阜地方裁判所に「右山林に対する被申請人の占有を解き、これを申請人の委任する執行吏に占有保管させる。被申請人は右山林に立入り及び立木を伐採したり搬出してはならない。受任執行吏は右執行を公示するために適当な処置をとらなければならない」との仮処分の申請をなし、同月十三日右同趣旨の仮処分決定がなされ、同月十七日被告が右決定の執行をしたこと、そこで原告が右第二次仮処分に対し同月二十七日弁護士岡本治太郎及び同林千衛を代理人として異議の申立をすると共に執行の停止を申立て、同年八月三日その停止決定を得、又右異議事件は昭和二十七年四月二十二日仮処分を取消し仮処分申請を却下する旨原告勝訴の判決が言渡され、又その控訴審においては原告は右林弁護士を代理人として訴訟を追行し、同二十八年五月二十一日控訴棄却の判決が言渡され、又上告審においても同三十年六月二十四日上告棄却の判決が言渡されたことは当事者間に争がない。

そこで右争のない事実と成立に争のない甲第一号証の記載とを合せ考えると、原告は右第一次仮処分により本件山林で立木の伐採、搬出等の事業をするにつき、被告等からその阻止又は妨害を受けずに右事業をなしうる法律上の地位を与えられていたが、被告の第二次仮処分によつて右事業が阻止せられたゝめに右の地位が侵害せられるに至つたこと、右第二次仮処分はこれに先行する第一次仮処分とその内容において牴触する違法のものであることが認められる。そして第二次仮処分が内容牴触の故をもつて違法であり、かつこれによつて原告が先に第一次仮処分で取得した地位が侵害せられるに至るべきことは被告において充分予測し得たところであるから、被告が自己の権利を保全せんとして仮処分及びその執行をする場合には、これと先行する原告の第一次仮処分との各内容を比較検討した上、相互に矛盾牴触しない仮処分の方法を採るか、又は仮処分以外に法律上許された権利防禦の手段を採る等違法な仮処分及びその執行を避止すべき注意義務のあることは明らかであるが、被告において、かゝる注意を怠つた過失の存することは前記両仮処分の各内容自体に照らして明らかである。被告は、自己が本件山林立木につき、訴外山下寅蔵から取得した開発権が原告に侵害せられたので該権利を防禦する目的で第二次仮処分をした旨主張するけれども、前記認定の如く、被告の右仮処分は被保全権利の有無に拘らず違法なものであるといわねばならない。(因みに、原告は被告の被保全権利の有無に関しては何も主張していないので、この点に関する故意又は過失の存否は一般の場合は兎も角、本件では問題となりえないのである。)他に右認定を覆すに足る証拠はない。

よつて進んで損害額について審按するに証人三宅練太郎の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二号証の三並びに右証人及び同三島悦治郎の各証言によれば、原告は被告の右違法な仮処分及びその執行により次の如き額の財産上の損害を受けたことが認められる。

(一)  原告は第二次仮処分が執行せられた昭和二十六年七月十七日から同年八月三日その執行が停止せられるまでの間本件山林における事業を中止せざるをえなく、右期間中使用中の人夫二十名に対し、休業補償として一名につき一日金三百円の割合による金員を支払つたがその総計金十万八千円。

(二)  原告は鉄道用枕木を生産又は他より買入れ集荷し、これを国鉄(名古屋渡し)に納めていた者であるが、当時七月末日を納期とする枕木のうち本件山林で伐採、生産する分が右期間中納入不可能となつたゝめ、この分を岐阜県下の小坂、高山、美濃白鳥方面にて買入れて納入せざるをえなくなり、一本につき運賃加算額金三十円の割合による出費をした。ところで、当時原告が右山林において使用中の人夫のうち製材人夫は五名であり、該人夫により生産される枕木は一日平均八十本であつたから、前記仮処分の日から納期までの十五日間における枕木生産可能数量は千二百本で、これだけの枕木廻送に要した出費金三万六千円が被告の違法な仮処分執行に基く損害である。

原告は被告の仮処分執行のため、右納期に本件山林から搬出不可能となつた枕木は七千七十六本で、その分の廻送に要した費用がその損害額であると主張するが、前記証人三島の証言によれば本件山林では従来一日平均八十本しか生産していなかつたのであり、又前記甲第二号証の三によれば、仮処分執行以前の本件山林における枕木生産数は僅かに二千九百二十四本であり、更に右生産済の枕木二千九百二十四本は原告主張の搬出予定数一万本から同主張の搬出不可能数七千七十六本の差に相当するから結局原告はこの分につき搬出可能なることを自認しているのである。従つて、当時生産済枕木で搬出を妨げられたものは皆無であり、たゞ生産未了の前記認定の千二百本が搬出を妨げられたにすぎない。それ故、被告の仮処分執行中は、たとえ納入始期に該当するとしても、従来の生産の実績を上廻ること五、八倍余の生産能率を挙げえたことの証明がなされない限り原告の前記主張は採用の限りでない。又仮処分執行中の期間のうち八月一日から同月三日までの搬出可能分(前述のところからそれは生産可能数と一致する)は納期後のもので必ずしも廻送を要しないから右損害に加えることができず、他にこの分に関する損害額を証明するに足る証拠はない。

(三)  原告が被告の違法な仮処分に対し、これを排除するため各担当の弁護士に支払つた金額、即ち、右仮処分に対する異議及び執行停止申立各事件手数料金一万五千円、右停止申立事件謝金一万円、右異議事件第一審謝金一万円、同第二審謝金五万円、同第三審報酬金五千円の合計金九万円。

(四)  被告の違法な仮処分及びその執行のために受けた損害を回復する措置として本訴を提起するにつき担当の弁護士に支払つた手数料金三万円。

(五)  なお原告は本件担当の弁護士に謝金として支払を約した右(一)(二)(三)の合計額の一割を損害金として主張しているのでみるに、第一に、かく債務を負担する以上これを既に発生した現実の財産上の損害とすることは全く正当であり、第二に本件の謝金は勝訴の場合に支払われるものであるから、結局勝訴を条件とする債務負担であるが、右条件は判決するに当つてその成否が明瞭となるのであるから訴訟法上かゝる主張も何ら妨げないわけであるが、その債務発生の日は判決言渡の日と解すべきである。第三に、本件の場合その損害額の確定性につき、原告の主張によればまさしく確定しているが前記甲第二号証の三によれば、認容額を基準にしてその一割につき原告は債務を負担することが認められるので、裁判所は右債務の額即ち損害額が判明してはじめて認容額を決定しうることと矛盾するので、結局証拠上はこの分の損害額を確定しえないのであるが、本判決の認容額の一割なるものは原告主張の前記(一)(二)(三)の金額の合計額の一割金二万三千四百円以上であることは明らかである。

以上合計金二十五万七千四百円が、被告の違法な仮処分及びその執行により原告が受けた損害であるところ、右(一)(二)の損害は前記被告の違法行為より通常生ずべきものであること経験則上明らかであり、又(三)(四)の侵害排除及び損害回復の措置は通常必要とせられるものであると共にその損害は当裁判所において顕著な岐阜県弁護士会報酬規定(現在は昭和三十四年三月十四日制定のもの)の定める条項に照らしていずれも弁護士の報酬として相当な金額であると認められるから、これを支払い又は支払うべき債務を負担したことによる原告の損害及びその額は前同様通常生じうべきものというべく、そして被告において右各損害の発生を予見し得たことは前記認定の事実関係に照らして明らかであるから、被告は原告に対する不法行為に基き右損害を賠償すべき義務あるものといわねばならない。

以上の通りであるから原告の被告に対する本訴請求のうち、右損害金二十五万七千四百円及び内金二十三万四千円に対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三十二年六月十三日から、内金二万三千四百円に対する判決言渡の日の翌日であること明らかな同三十四年九月十五日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余の部分は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 村本晃 小西高秀 鶴見恒夫)

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